徹夜ポケット

作文の練習

覚えていてくれること

  覚えていてもらえる事は、この世で一番の幸福だと思う。例えば、一年近く通えていなかったカレー屋の店主が居て、ふらっと立ち寄ったら嬉しそうに名前を呼んで迎えてくれる。例えば、久しぶりに会う同期の友達が「変わらないね、あのときは…」といって昔の自分を思い出してくれる。例えば、覚えていないだろうなと思った居酒屋の人が「久しぶりですね」と席を案内してくれる。こんなに贅沢で素敵なことが他にあるだろうか。

 

  子供のころに読んだ本で今も大切にしている言葉がある。『ドラゴンラージャ』という小説の主人公がいった言葉だ。確か7巻あたりだったと思う。「俺は単数じゃない」、この言葉は永遠を生きるドラゴンとの対話の中で、主人公がドラゴンと比較して人間を言い表した言葉である。ドラゴンは長生きだ。何百何千年と生きる。だから、自分1人の力でその生を続けることが出来る。対して人間は、寿命が短い、おまけにドラゴンに比べたらとても脆い存在だ。1人で到底長い時を生きることはできない。しかし、主人公はこれに反対する。人間は単数の存在じゃない。例え自分が死んでも、他の人間が自分の事を覚えていれば、その人の中で生き続けられるんだと。

 

  周りを見渡してみよう。例えば君の友達は、君が酒を飲みすぎて介抱されたことを覚えている。君の両親は、小さいころ死ぬのが怖くなって君が泣いていたのを覚えている。君の恋人は、君のキスするときの癖や好みを覚えている。人は一人だとあっという間に忘れ去られてしまうけど、人との関わりの中で、少しづつお互いを相手の心の中に分け与えている。そうすれば肉体は消えても、記憶として人は存在し続ける。生き続けることが出来るのだ。なんて素敵なことだろう。

 

  きっと当時の私は、こんな深いことは考えなかったと思う。どこか中二病感があるフレーズに、虜になっただけかもしれない。しかし、今になってやっとこの言葉をかみしめる。誰かが覚えてくれている。悪い印象でも、良い印象でも、それだけで少し前に進めるような気がする。皆さんは、そんな経験ないだろうか。例えば留学がえり、例えば母校を訪れたとき、同窓会のとき。そこに孤独はあっただろうか。

 

  とはいえ、相手には極力良い自分を残したい。あんまり恥ずかしい記憶ばかりだと、相手に会うのも辛いだろう。大切な人には、素敵な自分を残していきたいものだ。

 

  この数日、素敵な再会が多かったのでこんなテーマにしてみた。次回はもっと軽めに、大好きなカレーライスの話でもしようと思う。まだ暑い日が続くので熱中症には気を付けて、いろんな人に素敵な自分を残せますように。

 

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見る方の夢

  夢見はあまりよくない方だと思う。今日はとても恥ずかしい寝起きだった。

 

  今日の夢はSFサバイバルもので、未知のウイルスに侵された人間が突然人を襲い始める。その火事場に出くわした私は、命からがら避難地区で暮らし始めるのだが、そこで最悪の寝起きにつながることが起こった。なぜか自室の前で昼寝していた私は、ものすごく気色の悪い小太りの男に添い寝されていることに気付く。白いトレーナー1枚と、青いステテコ姿の男だった。頭頂部は禿げ上がっていて、絵にかいたような生理的嫌悪感の塊だった。事態に気付いてすぐ私は一度自室に戻った。しかしなぜか、もう一度部屋を出て横たわったままのブ男を見にもどった。そうするとにわかに恐怖感が押し寄せてきて、すぐに部屋に戻らねばと思ったのだが、自室の玄関を閉めようとしたとき、ブ男は起きて私の部屋に押し入ったのだった。恐怖で体も動かなかったし、声も上ずってしまって上げられない。男が私の手をつかんだ。力が抜けて振りほどけない。これからどんな恐ろしいことが起こるのか。男が何か言ってるようだったが、あまりの恐怖でわからなかった。普通だったらなすすべなく襲われる状況だった。しかしここで私は自分に発破をかけた。出ない声をふり絞って叫んだ、「ぶっとばすぞこの野郎」と。そして右足をあげて男の腹を声を蹴とばした。男は吹っ飛んだ。

と、ここで気付いた。朝の5時に、私はベットの上で右足を振り上げて、馬鹿でかい声で「ぶっとばすぞこの野郎、うおー」、と叫んでいたのである。ベランダの窓を網戸にしていたので、もう隣人とは顔を合わせられなくなった。

 

  私はよくこういう壮絶な夢を見る。小さい頃もこんなことがあった。なぜか自分が逆立ちの状態で死なないと世界が滅びるという夢をみて、気づいたらベットの上で泣きながら逆立ちしようとしていたのである。親は本当に心配そうな顔で私を見ていた。もちろん、幸せな夢も見ることはあるが、圧倒的に上の2つのような、命がけのものばかり見る。夢は自分の深層意識を表す、みたいなことを聞きかじったことがあるが、だとしたら自分の頭の中は一体何と戦っているのだろう。みなさんの夢はどんなものだろうか。

 

  さて、タイトルを単に「夢」としなかったのは理由がある。見る方の夢もあれば、かなえる方の夢もあるからである。今回はその話も書きたかった。後者は程度の違いはあっても、少なからず障害があるものだろう。それこそ、今回の「ぶっとばすぞこの野郎」で頑張らないといけない事が多いと思う。なかなかしんどい夢である。しかし見る方は、うまくいけば自分の幸せだけを映す。かなえる方の夢の道中、それこそしょっちゅう見るものなのだから、夢見だけは、平穏なものを見せてほしいものである。どうか皆さんも、これからいい夢が見れますように。

 

  久しぶりの投稿になったが、意外と見に来てくれる人がいてびっくりしている。このブログもかなえる夢に向けた1つの壁なので、遅筆ながら頑張っていきたい。読んでくれたかた、ありがとうございます。

 

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お酒のこと

  「酒ッ、飲まずにはいられないッ!」、このセリフは、漫画『ジョジョの奇妙な冒険』のファンならご存じだと思う。つまるところ、自身の悪だくみが綻び始めたとき、不安と焦燥の間で酔うことに心の安定を求めた人物の台詞である。筆者自身、連日の酒盛りで思うところがあったので、今回は酒をテーマに書いていく。

 

  酒は万病の薬、というように、昔から酒は何か良いものとして表現される。しかし一方で、アル中や飲んだくれ、飲酒運転に代表されるように、問題のもとともみなされる。この相反する特徴を、酒は万病の薬という言葉からやはり説明できると私は考える。薬は用法容量を守ってこそよく働くのである。

 

  では、酒の効用を考えよう。酒は体というより心に影響する薬だと思える。酒は、腹を割って話すのに使える。酔って思考力、自我を律する機能を低下させるので、人の本性をぶっちゃけさせる力がある。それこそどこぞの魔人探偵の爆弾魔みたいに。そうやってぶっちゃけることは、人同士の相性を見極める試験紙になるだろう。合う合わないは、その人の本性を知らないと分からないものである。建前上仲良くやれていても、ふとしたとこで本性がでると、突然その人間とは合わなくなる。人間関係をより分ける、免疫機能を高める効用があるといえるだろう。

 

  第二に、一番最初に述べたとおり、酒は心の安定を促す役割もある。ちょっと表現が適切かわからないが、酔って不安や重圧をあいまいにするのだ。安定を促すといえなくもない。あの太宰治だって、心が不安定な時はウイスキーを飲んで寝るのだといっている。(確か太宰、もしかしたら谷崎潤一郎の方かもしれない。) 酔って気分が高揚すれば、なんとかななる!よし、ちょっとやってみよう!みたいな気分が起こり、うまくいってしまうものだ。成功するための、一種の栄養補給といえるんじゃないだろうか。

 

  こんな風に幾つか酒の効用はあるのだが、もちろん薬の一種なので、用法容量は守らなければならない。容量は言わずもがな、用法は特別注意が必要だ。酒の力で異性を抱き込むことは、相手に生命の危険を負わせかねないし、れっきとした犯罪になる。また飲酒運転も、いくら気分が高揚しても、脳みそは霧がかかっているようなものだから、事故もおこすし、これまた犯罪である。生命、ひいては人生を侵すことになるのである。

 

  こうしてみると、酒は万病の薬というのは良い得て妙だと思う。しかし気を付けねばならないのは、薬局で出される薬と違って、処方箋がついて来ないことである。自分の心や体と相談して、各自用意することが求められる。周りの人、自分のためにも、この処方箋作成を強く薦めて、この酒の話を結びたい。筆者の好きな酒の事は、またの機会があれば書くことにする。

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いきさつ

  徹夜ポケットとは、自分の本名をひねってつけた名前だが、かなり気に入っている。夜更かしはするが、徹夜はめったにしないので、このフレーズには日の出前に家族旅行へ行った時の様な高揚感が詰まっている。きっとそんなワクワクをはらんだポケットというふうに聞こえるから好きなんだと思う。サブタイトルにある通り、これは作文練習のためのものだが、せっかく公開するのだから、見に来てくれた方にも、楽しく読めるものであるように努めたい。

 

  さて、今回はタイトルの通りブログをはじめたいきさつをここに書いていきたいと思う。主に2つあるが1つ目は後輩に影響を受けたからだ。いつ始めたのかは知らないが、ある後輩がSNS上でブログ更新の通知をタイムラインに流しているのを見た。ちょっと見てみたのだけれど、なかなか面白くて、また読みながら自分が書いているのを想像してみたりと、意欲がムラムラ湧いてきた。2つ目は、これから人前で意見を述べることが増えるからだ。その時は即座に解答を出せた方がいいし、何よりスッと頭に入る構成でないといけない。長めに自分の思うことを述べるというのは慣れや訓練が必要で、そこにくるとブログは練習にピッタリだと考えた。以上2つの事から、ブログを開設し、投稿を続けることに決めたのである。

 

  今回のテーマはここで終わりだが、物臭な自分のことなので、定期的な更新はありえないだろう。きっとムラっけのある更新頻度になると思う。しかし、最近は夜に時間があるので、当分は頻繁に更新するはずだ。梅雨も今度こそ明けたようで、日に日に気温も高くなる。読者の方がいたら、熱中症にはお気を付けください。

 

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